感情に向き合う

「感情のコントロール-前編-」が終了。今日は、法政大学の渡辺先生とゼミ生3名もいらしてください、授業見学そしてその後意見交換をした。とても短い時間だったけれども、参考になるコメントを頂けた。高校と中学校のギャップ、そしてクラスの雰囲気の違いなど、とても興味を持ったそう・・・。全クラス実施のSSTだからこそ、こうした違いが見えてくるのだと思う。

今日は、感情、特に怒りの感情に気づいてコントロールすることがいかに大切なのか、そしてその手がかりとして体の変化に気づくことが大切なことに迫る内容だった。そして次回のセッション6で、感情をコントロールするためにどのように行動すればよいかについて扱う。

それにしてもイライラする時はどんな時?という発問に・・・

・親にわかっていることを何度もしつこく言われた時

・友だちに笑われた時

・きょうだいと比べられた時

いろいろ出てきた。どれも「これだったらイライラするよな・・・」と思うような内容だった。

そして・・・「イライラを感じた時に、どう行動している?」という問いには・・・

・物を壊す(投げる、たたく、紙を破る)

・人にあたる

といった回答が多くでてきたことにびっくりした。

イライラした時に、そのまま行動化しているのだ。

そうした行動を「やってはいけない」というだけではだめなのだ。そんなことは中学生にもなれば百も承知で、でもできない。これは大人でも同じことだと思う。相手が悪いと思う状況であれば、なおさらである。なので、どうこの回答に応答するか考えながら5時間目の授業を進めてみた。

(どう行動するかについて、殴る蹴る、人に当たるなどの行動が黒板にあげられたのを見ながら・・・)

私:「いろいろ出てきたけど、殴ったり、蹴ったり、人に当たったりするとみんなのイライラがなくなる?」

生徒:「なくならない」

私:「そうか・・・イライラはそうしてもなくらないんだ・・・。それに、殴ったり蹴ったりして物を壊したり、人を殴ったらどうなる?」

生徒:「怒られる」

私:「そうだね、また怒られちゃうよね。・・・そしたらさ、どんな気持ちなる?」

生徒:「ますますイライラする」

生徒:「それに、イライラをぶつけたら人を傷つけてしまうし、嫌われてしまうし」

私:「そうか・・・物や人に当たっても、一瞬はスキっとするかもしれないけど、そのイライラがなくなるわけじゃないんだ・・・。それに、壊したことでまた怒られたりして、さらにイライラしてしまったり、イライラをぶつけたことで友だちと仲良くなれなくなってしまうんだね・・・そんなのやだね・・・」

生徒:「うん」

といったような感じである。

「イライラをぶつけてしまう」ことに抵抗感がなかった生徒も、こうしたやりとりをした後の振り返りシートを見ると、「あたっても一瞬だから解決しない。けど、他の解決方法が見つからないからだめなんだ!」と書いていた。生徒から気づきがうまれていた。

来週は最終セッション・・・どうなるのか楽しみだ。

Image043授業終了後には、明日バレンタインということで、子どもたちから手作りのお菓子をたくさんもらった。子どもたちの気持ちがこめられていて、とてもうれしかった(笑)。「えへへ・・」と喜んでいるそばで、永山くんは「悔しい・・・」と言っていた(笑)。ごめん(笑)

一緒に

昨日は、T中の先生方と静大TAチームの懇親会。TAが入っているクラスの担任の先生方がほとんどいらしてください、賑やかな会となった。

SSTをやることは初めてなので、先生方にとっても負担になったようだったけれども、生徒の変化を感じたりすることもでてきて、教師として準備が大変だけれども、必要なんだと感じて来てくださっているコメントを頂けた。

ある先生のクラスは、金曜日の道徳の時間に、「え~今日はSSTじゃないの??」と生徒ががっかりしていたとのことだった。なので先生方同士で、教師として内容をきちんと理解して授業をすることは大変だけれども、生徒がこうした授業を必要としていて、楽しみにしているだね・・・と職員室で話をしていたと伺った。

うれしかった。

新しいプログラムを導入する時はいろいろと越えなければいけないところがたくさんある。けれども、生徒の肯定的な変化が一番それを越えていくための原動力になるのだなと思った。

TAの学生も先生方とゆっくり話ができたようで、よかった(笑)。

あと2回のセッションを残すのみ。テーマは感情のコントロール。

大人でも難しい課題・・・

どう迫れるか、楽しみだ。

Image042 ←スタートしてすでに約5時間経っています(笑)

絶妙なサポート

先日、久しぶりの発熱でダウンした(笑)

けれども、熱っぽいにもかかわらずその日はT中SSTの公開研究授業の日。講師が欠席するわけにもいかないことや、T中の先生方やTAが一堂に会してSSTの授業について議論することもあり、どうしても行きたかった。

ただ・・・非常にだるかった・・・しんどかった・・・

なので、お昼くらいにこのブログでも何度も出てきている私の医療マネージャーでもある(!)看護師Sさんに電話をした。看護師Sさんは、T中近くのSクリニックにお勤めされていて、そのクリニックのDrのS先生にも、四川への派遣の時などいろいろとお世話になっている。

Sさんに体の状態を伝えたら、「今日は休診日なので、診察できない。インフルエンザかもしれないからすぐに休んでほしい」と言われたけれど、うううう・・・・そうもいかない状況を伝えた。そこでSさんと話をして、T中での校内研修が終わったら、薬を取りにくいことになった。

そしてしばらくして学校へ。だるさをかかえて研究授業が行われる教室へ。授業が始まるのを待っていたら、養護教諭のI先生と、なんとSさんが廊下にいた(!)。Sさんの手にはDr.S先生から出してもらった緊急用の薬、I先生の手には白湯の入ったコップ。「すぐに薬を飲んで下さい!」とSさんに指示され、生徒たちがいる教室の脇の廊下で薬を飲んだ(笑)。SクリニックはT中が大変お世話になっている医療機関と言うこともあるけれど、まさか廊下まで来てくれるとは思っていなかったので、とてもびっくりした(笑)。

その薬のお陰でどうにか公開授業、そして事後検討会までこなすことができた。でも、やはりフラフラだった。「あ~夕食の支度、どうしよう・・・食べたくないなあ・・・」と考えていた。やっとこ職員室に戻ったら、養護教諭のI先生が大きな袋を持ってきた。「Sさんから預かったよ~」・・・と。

中身を見たら、なんと病人食・・・しょうがのスープ、リンゴとさといもの甘煮、おかゆ、etc。なんだかじーんときた・・・。休診日だったということもあり、Sさんは私がその時に最も必要としていたサポートを絶妙なタイミングで用意してくれたのだ。この日は、このSさんの用意してくださった食事を食べて、そのまま寝床でゆっくりと休んだ。そのおかげで次の日の午後には復活することができた(幸いにもインフルエンザではなかった)。

サポートは、必要な時に、必要なこと・ものを・・・とあるけれど、本当にそうだなと思った。そしてその人が一番何を必要としているのかを適切にアセスメントすることが本当に大事で、そうしたサポートを頂けたことだけでも心からうれしいものだなとしみじみ感じた。Sさんのサポートは、心から助かったし、そして元気をもらえた。なんといっても、タイミングの読みは絶妙だった!ヒューマンサービスに携わる方として、さすがだな~と思った。

あとは、四川への派遣が連続していた頃・・・

その時期にちょうど友人たちと屋久島で休日を過ごす約束をしていた。ちょうど一次派遣から戻ってきて、次の二次派遣に向けて準備を急がなくてはいけない頃だったので、行くかどうか迷ったけれど、気持ちを切り替えるため数日だけ屋久島に帰った。

やはり、疲れがピークにきていた。体の疲れだけではなく、精神的にもいろいろと疲れていたことに、少し仕事から離れることによって気づけた。ちょうど天気は大雨警報が発令されて外に遊びに行けるような状況ではなくなってしまったので、宿でのんびり過ごすことになった。その時、私はとにかく寝続けていた。むくっと起きれば、友人たちと焼酎を飲んで、また寝た。一緒に盛り上がるわけでもなく、起きていれば雨を見ながらぼーっとしていて、一緒にいてかなりつまらないヤツだったと思う。でも、そんな私を怒るわけでもなく、ただ放っておいて、見守ってくれた。それがとてもありがたかった。静かな島の時間の中、ひたすらぼーっとすることで、かなり疲れが取れて、次の二次派遣に向けてエネルギーが蓄えられた。放っておいてくれて、でもそっといてくれるというサポートも、とてもありがたかった。

こうして考えると、なんとも多くの人たちから、絶妙なタイミングの、その時に私が必要としているサポートを頂いていることかと思う。その代り、私はどれだけできているのかな・・・と思う・・・。反省しきりである。

サポートすると一言で言うと単純だけれど、何を、どのタイミングで、というのは非常に難しい。少しでも支援者として、その人が必要としているサポートを、よいタイミングでできるようになればいいなと思う。

追伸:病人食を用意してくれたSさん・・・I先生に、「小林先生は普段何を食べているかわからないから、心配で作ってしまった」と話していたそうだった(笑)。ここでひとつ訂正を・・・。Sさんのアセスメントはここだけは正確ではない(笑)。ちゃんと天皇陛下に料理を作っていた方からきちんと料理を教わっていたんですよ、これでも(笑)。

静岡おでんで、ほっと一息

SSTのセッション4「あたたかい言葉かけ」が無事に終了。

全クラス一斉の授業の前にY先生と3年の山本さんが研究授業を行ったおかげで、各先生方のイメージがついたようで、先生方の教職経験からきたアイディアが随所にみられた授業となった。研究授業の時のまとめについては後日に・・・。

卒論が終わったら、TAで飲みに行こうと話していて、急きょ「静岡おでん」を食べに行こう!ということになった。おでん街に行くのは実は私は初めて・・・。

おでん街のいい雰囲気もあってか、みんなで53本のおでんを食べた(笑)Image034_2

SSTはあと2回。先生方との連携もいい感じになってきた。

子どもたちにも変化が出てくるとよいな~と思う今日この頃です。

←おでんを堪能中の、宮本さん、鳥山さん、望月さん

1.17

今日は、阪神淡路大震災が起きた日。もう14年前になる。

この日をきっかけに、私はこの道に入ってきた。

だから、1月17日が来るたびに、身の引き締まる思いになる。

私は20歳の時に、中学校からの友人をガンで亡くした。違う高校に入り、久しぶりに会ったときに、「指の皮膚に変なできものができちゃってさ・・・」と話していたのがガンだった。ガンはどんどん友人を蝕んでいき、息を引き取る前に病室に行った時には、涙をこらえるのが精一杯の姿をしていた。それでも友人は、「夏になったら海に行こうね。おいしいゼリーも食べたいな」と私に話していた。でも願いもむなしく、短い命を全うした。友人の死は、私に強烈に「人の役に立ちたい」という思いをもたせた。病に倒れた友人のために何もできなかったというくやしさがあったから。なので、農学部であったけれども基礎医学の研究室に入り、「病気で苦しむ人たちのために薬を作りたい」と思い、製薬会社の研究所に就職した。

研究所の仕事はそこそこやりがいもあった。けれども、毎日試験管を見る日々は、「人の役に立ちたい」という思いとうまくつながっている感じがしなかった。けれども同僚や上司はいい人たちが多かったので、なんとなく毎日を楽しく過ごしていた。

そして、1995年1月17日・・・。

朝の7時のニュースを見たときに、神戸の映像が飛び込んできた。

「信じられない・・・・」・・・・・それ以上、言葉が出ず、自然と涙が出てきた・・・。

そして、今でも不思議な感覚として残っているのだけれど、私の心の中のとても奥深いところから何か突き上げるものがあふれ出てきた。突き動かされたと言ってもいいくらい・・・。

「神戸に行こう・・・」  ・・・・素直にそう思った。

有給もたくさんあったし、プロジェクトもひと段落したので同僚にも迷惑をかけないと判断したからだ。けれども上司は二次被害を考え、神戸に行くことを了承してはくれなかった。行けないことが悔しくて悔しくて、でもどうにもできない・・・。でもそこで、あきらめなかった。神戸にいけなくてもできる支援はある。同僚に声をかけて、カンパを集めて、救援物資を送る活動を始めた。同期や先輩たちも協力してくれた。とてもうれしかった。

ひとしきり活動をした後、思った。

「やっぱり人を支える仕事がしたい」と・・・・・・。

そしていろいろな縁に導かれるように、筑波大学大学院のことを知った。もともとは理系なので、教育や心理学関連の単位すらとっていないにもかかわらず、「人を支える仕事がしたい」「一から勉強がしたい」という思いで、会社が終わってから独学で必死に勉強をした。

そして、敬愛する先生に恵まれ、様々な縁で多くの人に出会った。

そして、阪神淡路大震災でできなかった被災地での活動・・・中越地震、そして四川大地震の被災地で活動する機会も頂けた・・・。

あらゆる縁が、あの時から今に続いている・・・。

だから1月17日なると、自分の原点をふと思い出す。

人を支える仕事のプロとして、ずっとずっと精進し続けよう・・・

そして、「苦」の中で必死にもがく人のそばで、あきらめずに、人の真ん中にある可能性を信じて、ずっと寄り添っていこう・・・

いつもこの日は、そんなふうに思う・・・。

PS 私がこの道に入るまでの過程は、実は本になっています。当時大学院生だった私は、海仲間の友人に「会社を辞めて頑張っている人を探している作家さんがいるんだけど、取材を受けてくれない?」と頼まれて、取材を受けたものが本になっています。もう絶版ですが・・・。10人の女性が登場してきますが、私は本名ではなく仮名を使っています(笑)。あと文中で2か所だけ事実と違うところがあります(笑)。

「私が会社を辞めた理由(わけ」 中山み登り著

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年は早速、本の執筆からスタート・・・。

なんと・・・テーマは児童虐待。

年々増えていくその数に溜息をつきながら、今年は少しでも子どもたちの笑顔が守られる一年になって欲しいと思いました。

今年は研究や実践をいろいろやりたいことはあるけれど、一つひとつ丁寧に進めていく一年にしたいなと思っています。

そして、今年は国際学会での発表が目標!今、APAの発表のための審査を待っているところですが、審査が通れば8月上旬のAPAで発表する予定です。英語をなんとかしなければ・・・(焦)。

そして、私ごとのプチ喜びなのですが・・・この記事でブログの記事がなんと50に!コツコツ書いていけば、書きたまるものですね(これが本にならないところが残念ですが・・笑)。ブログの閲覧数も徐々に増えてきているので、今年もがんばらねばと思っています。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

ゆく年くる年

12月は、子どもを対象とした講演会が続きました。小学校2校、中学校2校、高校1校で、約1800名近い子どもたちの前でお話しさせていただきました。全校集会で話をすることは今でも緊張します。でも、子どもたちが話に引き込まれて聞いてくれたり、感性豊かな感想を書いてくれたりすると、またがんばれたりします。Image022 富士山の麓の高校では、学校で飼っている馬(ベティー号)にも乗らせていただきました(笑)。農学部出身なので、動物に触れるとうれしくなってしまいます。

いろいろあった2008年も、もうすぐ暮れようとしています。

今年は、ふらふらになりながら仕事と両立させて、3月に博士(教育学)を取得しました。ようやく一息つけるかな・・・と思っていた頃、5月に四川大地震が発生しました。

四川大地震の被災地への二度の派遣は、とても大きな経験になりました。そしてこの派遣で考えたこと学んだことは、2009年も続いて、大きく大きく私に残っていくのだろうと思います。

2008年は、大変お世話になりました。たくさんの方々の支えがあり、いろいろな仕事をさせて頂きました。本当にありがとうございました。

そして、来年2009年も、学生共々どうぞよろしくお願いいたします。

みなさまにとっても、どうか良いお年になりますように・・・

Image024

クリスマスプレゼント

今日は、今年のスクールカウンセラーとしての最終日。

今日もいろいろな子どもたちと時間を過ごした。

そして、今日はその時間の中で、大切なことを学ばせてもらった。

うまく言えないけれど、今でもそれに気づけたことがうれしくて、そしてほっこりしている。

その時間が私にとって最高のクリスマスプレゼント

きっと、この時間に私が気づいたこと、学んだことは、スクールカウンセラーとして一生心に残るものだと思っている。それくらい、大切なこと・・・

ずっとずっと・・・今日学ばせてもらったことを大切にしようと思っている。

今日は、最後まで緊急対応などバタバタしていて、学校の忘年会の一次会がほぼ終わった頃に合流(笑)。先生方に、「お疲れ様!」と声をかけてもらい、短い間にお酒、食事をバタバタと取った。二次会では今日のことを思い出しつつ、よいお酒を飲ませてもらった。この学校の子どもたち、そして先生方に出会えたことに感謝していたら、ついついお酒もすすんでしまった(笑)

そして、来年もがんばろうと思った。

そして、やっぱりスクールカウンセラーは心から楽しいし、これまでも、そしてこれからも続けていきたい仕事だなと心から思った。

SST前半終了

今日で、SSTの前半3回が終了しました。

いろいろと課題も多く出てきていますが、生徒の変化も出てきているので、がんばるぞ!という気になります(笑)。

私は5時間目の相談室・保健室の生徒を対象とした授業の授業者としてSSTをやっています。参加している生徒にも変化が出てきています。

先日・・・SCとして学校に行っていたとき、相談室で遅い給食を取っていました。そこに、相談室でSSTを受けている生徒と話しをしました。そしたら、「先生・・○○さんがたくさんおしゃべりしてくれるようになったよ。これもSSTの効果だよ。先生、がんばったね!」と、生徒からお褒めの言葉を頂きました(笑)。こうした生徒の言葉に元気をもらって、「がんばるぞ!」という気持ちになります

ある先生からは、「SSTの授業の後は、なんか生徒の様子がうるさいくらいに元気なんですよね」というコメントも頂きました。いろいろと課題も多いところが両手をあげて喜べないところではありますが、後半3回のセッションも先生方と一緒に頑張っていきたいと思っています。

先生方、そして静大TAのみなさん、前半戦お疲れ様でした!

ルミナリエに思いを込めて

先日、神戸新聞社の記者の方から電話があった。「なんだろう」と思いつつ電話に出ると、かつて勤務していた大学の教え子Aくんのことで取材をしたいとのことだった。Aくんは、阪神淡路大震災で母親を失っている。その記者の方は、震災直後の頃からずっとそのAくんのことを追っているというのだ。そして、震災当時の子どもたちがどのように青年になっていったかを追った記事を書いていて、Aくんを取材しているところだという。少し前に、その記者の方が久しぶりにAくんに会っていろいろと話をしている時に、私のことが話に出てきたとおっしゃっていた。そして、Aくんからは面と向かって言われたことはないのだけれど(笑)、私のことを「とても信頼している」と記者さんに話していたそうなのである。ポレポレクラブのメンバー、そしてAくんとの間には、静かにそして揺るがない絆があるのは私も感じているところなので、その言葉を聞いてとてもうれしかった。

そして記者さんとAくんのことをいろいろと話をした(もちろんAくんのOKはもらった上で)。ある程度はAくんから当時の話は聞いてはいたものの、細かいことがもっとよくわかった。震災直後の様子、亡くなった母親のこと・・・まだまだ知らないAくんの苦しみがあったのだな・・・と思いを馳せた。反対に、記者の方も大学時代のAくんの様子を聞いて、意外なところ、そして納得できて笑ってしまうところ、いろいろあったようだった。

電話を切ってからも、しばらく思いめぐらせた。地震という突然の出来事で、さっきまで元気だった母親を失うということ・・・。そして、ポレポレクラブで子どもたちを支援する活動が、Aくんにとっても「癒しの場」になったのかな・・・と改めてそう思った・・・。大切な人を失った悲しみに寄り添うこと・・・それは、簡単なことではないと感じている。せめて先生として何かできないかと思い、神戸に行った時には、Aくんと待ち合わせをして一緒にお墓参りに行っている。喪失に寄り添うこと・・・を、私なりに、そして私らしい方法を模索している。

さて、今年は視覚障がいのある方が阪神淡路大震災の時にどのような状況におかれ、どのようなサポートを受けたか、そして災害時にどのような体制を整えればよいかについて浜松視覚特別支援学校と一緒に研究をしている。先日も、神戸で盲老人ホームにお勤めのNさん、NPOのMさんにお会いしてお話を伺ってきた。目が見えないというハンディは、日常でも移動や情報入手に困難があるが、震災の時にはさらにそれが顕著だったようであった。避難所に避難してもトイレがどこにあるのかも、使い方もわからず、様々なことに困難を極めたようであった。周りの人たちも余裕がないので、手助けを求めることさえも躊躇したようだった。Nさんは自ら視覚のハンディがあるにもかかわらず、支援者としてもサポートされていた。お話を伺いながら、すごい人がいるものだなと心からそう思った。これらの一連の研究を通して、視覚障がいのある方の避難、そしてケアについて、最終的に提言していきたいと考えている。

今年は、四川への派遣、冨永先生や高橋先生といった阪神淡路大地震を経験した先生方と共に仕事をさせていただいたり、視覚障がいの方のリサーチだったりと、災害に関連した多くの仕事をさせて頂いた。 ちょうど先週、神戸に行った時に、神戸ルミナリエが開催されていたので、数年ぶりに見に行った。ルミナリエの光を見ながら、今年一年のことをいろいろと思いだした。

Aくんのお母さんをはじめ、神戸そして四川の地震で命を落とした方の魂がどうか安らかに眠れるよう、そして被災地で出会った子どもたちが無事で元気でいられるよう、光と鐘の音に込めて祈ってきた。

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