イルカ好きのためのサークル イルカネットの会報より抜粋
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直撃! イルカのトレーナーさんインタビュー
犬吠埼マリンパーク 飼育課・海獣担当 阿部由紀さん


 千葉県銚子の東端にある、犬吠埼マリンパーク。ピンク色の建物の前に車を止めると、阿部さんの元気な声が聞こえてくる。
「さあ、これから楽しいイルカショーのはじまりです」
 今回、トレーナーインタビューの第1回を飾ってくれるのは、犬吠埼マリンパークでイルカの飼育&ショーを担当する阿部由紀さん(20)です。1976年に川崎で生まれ、スポーツ三昧の学生生活を過ごしていた阿部さんは、高校在学中にすでにトレーナーとして働き始めていたという強者。トレーナーになるにはどうすればいいんでしょうか。

●トレーナーになるのに必要なのは、根気と強運です?

編集 トレーナーになったのは何年前ですか。
阿部 働き始めたのは今から3年前です。高校3年生の冬休みでしたから。
編集 あれ? 学校は川崎にあるんですよね。どうやって通ったんですか。
阿部 2週間だけマリンパークの先輩の家に居候させてもらったんです。で、卒業式の前に銚子に越して、式の3日後にはもう働いてました。
編集 マリンパークで働き始めるまでのいきさつを教えてください。
阿部 3年前の夏休みに、犬吠埼マリンパークに見学に行ったんですよ。それが初めてだったんですけどね、犬吠埼。
編集 え、じゃあマリンパークに行くのも初めてだったんですか
阿部 ええ、やばいですよね。まあ、以前から手紙で「働きたい」ということは伝えてありましたから、その日は見学と面接を兼ねて行ったんですけど。
編集 マリンパークではひろく募集をかけていたんですか。そうだとしたら、倍率すごく高かったんじゃないですか。
阿部 定員ひとりのところへ、その時は30名の応募があったみたいです。でも、まだ少ないほうですね。かろうじて、トレーナーになりたいヒトがまだそんなにいなかったんですよ。次の年からは一気に増えたんですけど。
編集 その中から、どういう理由で阿部さんが選ばれたんでしょう。
阿部 あ、私が手紙を出した時にはもう働くヒトが決まってたんです。たしか、千葉県のヒトだったと思うんですけど。だから、トレーナーの夢は叶えられないけれど、そのうち遊びに来てくださいっていう感じのお返事だったんですね。ところが、その千葉県のヒトが「専門学校に合格したので、トレーナーの件は無かったことに」ってやめちゃったんですよ。マリンパークでは、もう他の応募者にお断りの連絡しちゃった後だし、さあどうしよう。そんな時に、断わられてもしつこく「働かせてくれ〜」と食い下がっていた私が拾われたわけです。マリンパークも、トレーナーが足りなくて焦っていたんで、ホントにラッキーですよね。
編集 で、学生さんだからとりあえず冬休みに研修というかたちになったんですね。
阿部 そうですね。元旦にショーやってたんですよ。その日の最初のショーが初アナウンスだったんです。もう、緊張しちゃって……

●進路を決めたのは高校3年の夏!?

編集 阿部さんは小さな頃からトレーナーになるのが夢だったんですか。
阿部 小学生のころ、イルカの調教師になりたいと思ってたんです。おぼろげな記憶ですけど。でも、それからずっと陸上に燃えていて、中学も高校もはばとびとか100mをやってたんです。で、このまま陸上の道に行くのか、それとも違う道に進むのか……って考えたんですね。もともと、動物がすごく好きだったんで、動物に関わる仕事もいいなって思ったときに水族館が浮かんだんです。小学生時代の夢だったっていうのもあると思うんですけど。それで、すぐに水族館関係の本を買ってきて、イルカのいる水族館をリストアップしたんです。
編集 それが、いつごろの話ですか。
阿部 高校3年の夏ですね。
編集 高3の夏! って、ずいぶん進路考えるの遅いじゃないですか。
阿部 出遅れた〜っていうのもあって、急いで手紙を書いたんです。20箇所くらいに。
編集 全国の水族館に出したんですか。
阿部 ひとりだちしたい、親元から離れたいってちょうど思ってたんで、遠いところばっかり選んで出しました。あの頃はいろいろ考えてましたね。「人生を重みのあるものにしたい。何かをやった証を残したい」って。それが私の場合イルカだったんです。
編集 阿部さんがトレーナーになろうと思ったのって、ちょうどイルカブームの真っ最中じゃないですか。でも、ブームに乗ってトレーナーになりたいと思ったわけじゃないんですね。
阿部 私、イルカがブームになってたこと自体知らなかったんです。『グラン・ブルー(イルカ好きにはたまらないフランス映画)』だって、働き始めてからビデオで見たんですよ。
編集 犬吠埼にも行ったことがなかったと。どうして犬吠埼を選んだんですか。
阿部 20箇所に手紙を出して、前向きなお返事をいただいたのが、犬吠埼マリンパークともう1箇所だったんです。マリンパークからのお返事がとても早かったんでマリンパークひとつにしぼりました。本当は北海道の水族館が良かったんですけどね。「北海道で生まれ育ったヒトじゃないとダメです」って、努力しても無理ですからね。環境に慣れるまでに時間がかかって大変なんだそうです。

●おめでとう! バンドウイルカに赤ちゃん誕生!

編集 去年の夏、バンドウイルカの赤ちゃんが生まれましたね。第1発見者は阿部さんだったんですって?
阿部 マリンパークにはエポという雄のイルカと、雌イルカのビィがいたんですね。このビィがもともと少し太っていて、うちに来たときから妊娠説があったんです。でも、何年たっても子供が生まれないから、「ただ太ってるだけなんだ」とわかったんですけど、今回は本当に妊娠してたんですね。誰も、ビィが妊娠しているって気づかなかったんですよ。
編集 え、じゃあ前日までショーをやってたんですか。
阿部 大丈夫、ビィはショーには出ないから。で、7月28日の朝、私がプールに来たら背びれが3つあったんですね。ビィの横に寄り添うように小さな背びれがあって「あれ、エポはどういう形で泳いでるんだろう」って思ったんですけど、あんまり気にしてなかったんですよ。でも、水温計ろうと思ったらエポがこっちに来たんです。「……じゃ、あの背びれはなんだ!?」っていうことで、急いでみんなに報告したんです。
編集 ランちゃんという女の子でしたよね。ところで、ビィの名前はどうしてビィなんですか。
阿部 うちの水族館では新しく入ったイルカには1年間名前をつけないんですよ。1年以内に名前をつけると死んでしまうというジンクスがあって。それでビィとかM、Cという呼び方をしてたんですけど、ビィの場合1年以上たってるのに、取材の時に「ビィ」という名前で紹介しちゃったからそのまま定着したんです。

●飼育係としてのお仕事

編集 阿部さんのお仕事はショー以外に何があるんですか。
阿部 朝9時からはショーの方にとりかかるんで、それまでにすませておかなくてはいけない仕事が結構あるんですよ。まず、海水をメインに送るんです。
編集 いつも、ショーをやっている大きなプールの方がメインですね。
阿部 もうひとつのビィとランがいるプールはホールディングと呼んでいます。
編集 海水は直接海から引いているんですか。
阿部 はい。それが終わると、冷凍してあるエサ(サバ)を解かすんです。それにビタミン剤3錠を1日に3回与えます。サバに埋め込んでおくんですよ。また、ビィが母乳を出してるんでカルシウム10錠を1日2回あげてます。それから、水温を計って……
編集 水温って、温度調節できるんですか。あのプール。
阿部 できないんですけど、計るんです……。一応。あと、閉館後にイルカをホールディングに移して、メインに塩素をまくんですね。その塩素がたくさん残っているとイルカが火傷しちゃうんで、ちゃんと数値が低くなっているかをチェックします。あと、イルカの呼吸数を計ってオシマイ。3回計って平均を出すんですけど、だいたい1分間に1回から3回くらいかな。
編集 犬とか猫、ハトもクシャミしますよね。イルカって、クシャミとかむせたりはしないんですか。
阿部 立て続けに呼吸してることはありますけど、イルカにとってむせるって致命的だから、そんなことってまずないと思うんですけど……。どうなんですかね。

●忘れられない笑顔を見たくて……

編集 ショーは1日4回から7回で、イルカとアシカが頑張ってますけど、やっぱりお客さんを相手にする仕事ってハプニングがあるんじゃないですか。
阿部 ありますね。ショーの中で『イルカ君と握手』というコーナーがあるんですけど、エポの機嫌が悪い日があるんですよ。「パクッ」とやってくる時は私の手でガードするようにしてたんです。でも、その日はねぇ……。小学3年生くらいの男の子だったんですけど、ちょうど私の手と男の子の手の間をエポの口がすりぬけて。流血ですよ。
編集 流血はやばいですね。泣かなかったんですか、その子。
阿部 ウルウルしてましたけど、私も「お名前は」なんてしっかり聞いちゃって、でも血がタラ〜って。ご両親がいい人で良かったです。
編集 逆にショーをやっていて良かったと思った瞬間はありますか。
阿部 そうですね、「この子は将来どんなイルカ好きになるんだろう」という女の子がいたんですよ。ショーの終わった後だったんですけど、2歳くらいの女の子が柵につかまって「イルカちゃーん」って、一生懸命呼んでるんです。「愛してる、イルカちゃーん」って。でも、エポがなかなか上がってこなくって、そのうち泣きだしちゃったんですよ。そのとき、エポがザバンと顔を出して……。あのときの喜びようは今でも忘れられないですね。
編集 イルカ愛好家の中には「水族館のイルカは閉じ込められていてかわいそう」という意見もありますけど、阿部さんは水族館のイルカについてどうお考えですか。
阿部 私にとって「イルカ」といえば「水族館のイルカ」だったんで、特に抵抗はないです。野生のイルカとも泳いでみたいですけど。
編集 阿部さんはイルカに関わる仕事、トレーナーになって夢を実現させることができたんですね。これからもずっとこのお仕事を続けていきたいですか。
阿部 はい。いつでも遊びに来てくださいね。


これらの記事は1997年〜1998年に発行されたイルカネット会報誌の
記事を編纂したものです。電話番号や住所、水族館の営業情報など
は当時のものです。ご注意ください。

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