猫びたい雑草記
〜 4月 〜

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 いまのアパートに住むようになって9回目を迎えたこの春、庭でツクシを見つけた。
 スギナはたくさん生えているから、ツクシもあるんじゃないかと何年か前に探したけれど、そのときは1本も見つからなかった。なのにこの春は、伸び加減の芝草の脇に、2本のツクシがスックと立っていた。別の場所にも枯れかかったのがあったし、何日かあとにはまた2本ばかり伸びていた。その年の気候の具合とかで、ツクシの出る年出ない年があるのだろうか?
 よくわからないが、とにかく何年かぶりで目にするツクシ。4歳の娘を呼んで、「ツクシって、こんなふうに生えるんだ」と鼻息も荒く教えてやった。

 子どもの頃、春の彼岸で田舎に行くと、川原の土手でツクシとりをした。田んぼのあぜ道を歩いていった先にある大きな土手。丈の短い草が一面に生えたその斜面のあちこちに、ツクシは顔をのぞかせていた。
 それれにくらべれば数は圧倒的に少ないし、場所もチマチマした庭なのだけど、春の歩みは昔のままで、なんだか嬉しい。


孵化したばかりの子カマキリを発見。
体長1センチくらいでまだ真っ白なのに、
いっちょまえに斧を振りかざしている。

 ぼくら家族が住むアパートは、東京23区の西のほう、自転車を20分もこいで多摩川を越えればもう神奈川、というあたりにある。7世帯が住む共同アパートで、うちはその1階。日当たりはイマイチだけど、南側に5坪ばかりの土の庭がある。
 左隣の庭は、まめに草むしりをしているようで、ほとんど地面が見えている。反対側の右隣は、南天やヤツデみたいに丈の高い植木があるうっそうとした庭。間に挟まれたぼくのうちは、ちょうどその中間くらい。木になるものは生えていないが、芝やらハルジョオンは伸び放題だし、ヘビイチゴとかオオイヌノフグリみたいな地面に這いつくばる草もはびこっている。そんな三軒の庭のようすは、左から右に向かって砂漠・サバンナ・熱帯雨林と変遷しているかのようだ。

 ここに住み始めたばかりのころは、雑草が生えないようにと、一面芝生にしたこともある。でも、なにしろ芝刈りが面倒だ。伸びてきたら植木バサミで刈り揃えるのだけど、夏の暑い盛りにはすぐまた伸びる。汗をかきかき蚊に食われながらの芝刈りは「忍」の一言。しだいに面倒になってきて、伸びるに任せていたら、そのうちに込みあって病気になったり枯れたりして、そこに雑草が生えてきた。こうして、ただの横着な庭にが完成した。
 でもそれはそれで面白いものだ。雑草とひとくくりに呼ばれ、よそではすぐに抜かれるような草たちも、よく見ると花も葉っぱも可愛いものだ。オオイヌノフグリの空色と白の花も、たくさんあると小さい花壇のようだ。春にはなぜか黄色い花が多くて、カタバミ、タンポポ、ヘビイチゴもそうだ。ヘビイチゴはしばらくすると指先ほどの真っ赤な実をつけ、思わず意味もなく摘んでしまう。
 それから、雑草って、いろんな遊びができてけっこう楽しい。ハルジョオンの花を親指ではじいて飛ばしたり、ペンペン草(なずな)のハート型の実をすこし裂いて耳元で鳴らしたり。子どものころによくやったでしょう? オオバコの茎でひっぱりっこをしたりとか。

 芝庭が崩壊していくのと時期同じくして、我が家では娘が生まれ育ちはじめた。伸びゆく雑草を目にしながら、ぼくはだんだんと、そんなふうに遊んだかつての自分の体験を、娘にも伝えたいという気持ちを持つようになっていた。


庭に生えてるハルジョオン。
(ヒメジョオンか?)

 というわけで草むらになっている庭だけど、あるのは雑草ばかりではない。少しだけど野菜をつくったりもしているのだ。
 さいきん勢力を拡大しているのはミョウガ。2年前に根っこを植えてみたら、以来毎年、地下茎を伸ばして、この春は思いがけないところからも芽が出てきた。ただでさえ葉っぱがすごくて、それをかきわけて花芽(つまり食べるところ)を探すのが大変なのに、今年は去年以上に苦労しそうだ。
 そんなミョウガの隣で、はじめはういういしく、やがてずうずうしく茎を伸ばしてくるのがアスパラガス。毎年少しずつだけど採れていて、つい先日、今シーズンの初物を食べた。なかなか株が増えなくて、いつも1本か2本しか出てこないのが難点だけど、今春はどういうわけか3本まとめて出てきてホクホクだ。

 ちなみに、グリーンアスパラというのは、土から出てきたばかりの芽というか茎をあのくらいのサイズでつみ取ったもの。それを放っておくとぐんぐん伸びて、スギナを大人の背丈くらいに巨大化したように葉っぱが広がる。こうなったらもう食えない。土盛りをして芽を光に当てないようにして育てたら、ホワイトアスパラのできあがり。

 アスパラの根本には、シソがびっしりと生えてきた。毎年、種がこぼれて自然に発芽している。これもミョウガ同様そうめんの薬味に重宝している。
 なぜかそこらへんから芽を出しているのがミツバ。食えそうになると虫に食われてしまうから、これまで一度も食べたことはない。
 あと、今年から150センチ×40センチほどのスペースに板囲いをし、培養土を入れてミニミニ菜園をつくってみた。つい昨日、ナス2本とトマト&ミニトマトを植えた。その根本にニラと小ネギを植えたらいっぱいいっぱいだ。
 あと、プランターにはフキとアサツキ、行者(ぎょうじゃ)ニンニクを植えてある。これはこの冬まで借りていた区民農園から引っ越してきたもので、また区民農園が借りられるまでとっておくつもり。

 とまあこう書くと、内容多彩な菜園があるみたいだけど、ミョウガを除けばどれもわずかな数がチマチマと生えているだけ。自給自足にはほど遠い、ほんのお遊びみたいなものだ。


ムラサキカタバミ。
花は可憐だけど、茎が切れやすくユリ根状の根はしぶといから、
除去するのはけっこうやっかい。

 なんだか雑草と野菜ばかりだねぇ、花はないの? と問われれば、いえありますよ、アサガオが。
 いちどアサガオの種を蒔き、隣家との仕切の柵にからませたら、翌年からこぼれた種がどんどん芽を出し始めた。全部抜くのは忍びなく、ほどほどに残してあとは抜き去ったけど、翌年もまたこぼれた種が発芽して……。そのうちに収拾がつかなくなって、ついには雑草のなかを這うようにツルを伸ばし、勝手に花を咲かせるようになった。野良育ちの地這いアサガオなんて、日本広しといえどもかなり珍しいのではなかろうか。
 夏の朝、うちの庭ではヘンなところにアサガオの花が咲いている。「今朝はどこかな」と、雨戸を開けるのがけっこう楽しみだったりする。


 猫のひたいみたいなアパートの庭が、8年かけてこんなわけのわからないスペースになった。しかし混沌の中に存在する真理もあるはずだと考えて、というのは冗談だけど、よく見ていると新しい発見もあるかもしれない。
 そんなわけでこの先1年、庭の様子をつづってみます。
(2000年4月)

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