イスラエル・アフガニスタン・
そして日本



 2001年9月、米国で大規模なテロが発生。その後アフガニスタンに報復攻撃すべしという感情が米国で高まるなかで、対イスラムの悪感情がパレスチナ地域に飛び火する恐れも出てきました。
 そんな渦中にあるイスラエルに、友人のU太郎クンがちょうど留学していました。彼はときどき、近況報告のメールを送ってくれました。
 以下の文章は、2001年の11月から12月にかけてU太郎クンとやりとりしたメールに、若干の編集を加えて公開するものです。
 2002年になってからのパレスチナ情勢の混迷はご存じと思いますが、U太郎クンのレポートには、そうなる直前の、情勢がどんどん悪化していくさまが書かれています。
 さらに、彼が書いた見通しは、不気味なまでに今日の情勢と一致しています。現地では、早くからこうなることはわかっていた……のでしょうか。
 なお、2002年になってからのメールのやりとりも、追って整理して公開する予定です。


●11月15日 エルサレム→東京

 28年間、自分の引越しとは無縁の生活をしていたのに、イスラエルに来てからすでに2回も引っ越しました。しかもすでに来年2月には3度目の引越しが決まってます。まるで離散した民のように、エルサレム市内(西も東も含む)を転々としております。
 今はエルサレム市内でも東側、つまりパレスチナと呼ばれる地域に住んでいます。とはいえここはイスラエルの植民地みたいな場所、パレスチナ領内なのになぜかイスラエルの町なのです。

 “なんでパレスチナの地域にイスラエルの町が建つんだ?”と不思議に思われることでしょう。しかしこれには理由があるのです。
 ここの元の所有者はアラブ人、けどイスラエルからお金を貰って売ってしまったのです。ここだけではなく、そういう場所がいっぱいあります。だからパレスチナ領内にイスラエルの植民地なんかが建つんですね。問題は複雑です。

 最近読んだ本によると、パレスチナの地域における植民地建築は、右派政権の時にかなり行われたようです。これが強制的に行われたと言う指摘が多く、意図的にしかも強制的に植民地を建築したケースはかなりあるようです。
 もちろんアラブ人による土地の売買もあります。彼らはどのような背景の中でイスラエルに土地を売ったでしょうか。
 もちろん“お金のため”だとは思いますが、問題はなぜ土地を売ってまでもお金が必要なのかという点です。

 実はパレスチナの失業率はものすごく高く、地中海側のガザ地区では40〜50%になります。西岸地区はそれ程ではないものの、依然高い失業率の中にあるのは確かです。またパレスチナには今だ産業らしきものが成立しておらず、もっぱらパレスチナ外での出稼ぎに頼っている面があります。
 しかもパレスチナの外国に対する経済的依存を国別に見るとイスラエルが七割になります。つまりパレスチナはアラブ世界よりもイスラエルとの方が経済的利益関係が強く、イスラエルから外貨を獲得している状況なのです。
 そんな中でイスラエルによるガザ地区封鎖などが行われると、ガザの人々は仕事がない日々を送らねばなりません。
 たまにニュースでパレスチナ間での殺人事件が載ります。それはイスラエルにテロの密告や情報提供をしたパレスチナ人に対する見せしめで行われたもので、パレスチナの人々にしてみれば裏切り者扱いです。
 アラブ人による土地の売買については、もう少し調べてみます。


●11月16日 東京→エルサレム

 パレスチナ領内にイスラエルの植民地が建つ……複雑だなぁ。
 東洋系はまだしも、アングロサクソンでもそういう地域に住む人もいるのかしらん。そして、そういう移住者たちを、パレスチナの人々はどう見ているのでしょうか。

 報道を通してみると、アメリカもイスラエルもパレスチナ問題の改善に向けて動こうとしている気配ですね。
 アフガン攻撃で盛り上がった反米感情を和らげたいという政治判断。和平に向けて動き始めれば、ビンラディンの唱える大義名分も失われ、ビンラディン支持者のガス抜きになるという判断でしょう。
 アメリカもイスラエルも、本気で改善する気があるのかどうかはわからないものの、今回の一連の動きの中で数少ない成果の一つだとする意見もあります。
 そのへん、現地にいるU太郎クンはどう感じますか。


●11月18日 エルサレム→東京

 最近はアフガンの件も落ち着きを見せ始め、やれやれ…と言った感じです。
 こちらはその後、身近では大した事件もなく無事に過ごしています。
 ただパレスチナ独立にはまだまだ時間がかかると思います。アラファトにはすでにテロリストを押さえるだけの力がないため、イスラエルが自らの手でテロリストを暗殺もしくは逮捕するしか手段がないのが現状です。
 今回のアフガンの件で、もうテロリスト根絶には手段を選ばなくてもいい状況になりました。大義名分さえあればパレスチナ領内を占領もするし、テロリストであれば逮捕もしくは射殺もできます。
 むしろこのテロリストの件が片付けば、和平交渉への土台が出来ると言えるのでないでしょうか? 穏やかではない和平への道のりです。

 パレスチナ領内に散らばるテロリストを駆逐し、パレスチナを独立させる。そんなシナリオをヨーロッパやアメリカは描いているのではないでしょうか? 結局テロリストの温床となった貧困といった問題は後回しになるのでしょう。
 軍隊を派遣するばかりが和平をもたらすのでない事を十分に知っているのに、日本はまた後手後手に回る事でしょう。こういう時こそ“ショー・ザ・フラッグ!”なんですけどね。


●11月22日 東京→エルサレム

〈むしろこのテロリストの件が片付けば、和平交渉への土台が出来ると言えるのでないでしょうか? 穏やかではない和平への道のりです〉というのは、ありそうだからこそ恐ろしいことですね。
〈パレスチナ領内に散らばるテロリストを駆逐し、パレスチナを独立させる。結局テロリストの温床となった貧困といった問題は後回しになるのでしょう〉
 アフガンでもそうなるんでしょうね。タリバン残党や一部の反主流派を力でねじ伏せて(殲滅させて)しまおうと。
 北部同盟は分裂しそうな雰囲気。いったい誰が国土を束ねるのだろう。

 アメリカ支援に乗り出したものだから、アフガンでも、パレスチナでも、いまさら仲介役にはなれなくなった日本。政府の視野の狭さは情けない限りです。

 ところで、テロリスト発生の最大の理由は、やはり貧困なのでしょうか。
 ほうぼうの記事を散見すると、貧困打破の衝動がテロへ向かわせる、つまり貧困の直中にある者がテロを企てるというよりも、アメリカのグローバリズム=アメリカ至上主義と、それに冒されている中東各国家の政府の打破が必要と考える比較的教養のある者が、思想的に扇動して賛同者を集めている、という印象も持ちはじめています。
 もしそうだとすると、もちろん貧困そのものと、貧困を引き起こす誘因(イスラエルのパレスチナ人の迫害etc.)をどうにかしないといけないのだけど、加えて、アメリカがグローバリズムを持ち続ける限り、それに反撥する人々はなくならないと考えられるのではないでしょうか。イタリアのサミットでの暴動も、反グローバリズムを訴える人々によるものだったし。
 ひらたくいうと、アフガンにしてもパレスチナにしても、問題のあり方としては、アメリカ主義VS反アメリカ主義、もっといえば経済至上主義VS反経済至上主義(人道主義?)ともいえるのではないかと。

 ブッシュさんは「アメリカは自由の国」というけど、その「自由」には、市場支配のために遺伝子組み換え作物を普及させる自由や、兵器を売って儲ける自由、熱帯雨林を伐採する自由、地球環境より自国の経済を優先する自由なんかも含まれています。
 自由というものを無制限に認めるかどうか。
 これ、世界中の人が考えないといけないことですよ。いま。


●12月3日 エルサレム→東京

 昨日、エルサレム市内の繁華街で爆弾テロがありましたが、こちらは何ごともなく無事です。ただここ数日、風邪を引いて寝込んでいたりもし、やっとそれも治りました。


●12月5日 エルサレム→東京

 日本は祝賀ムード真っ盛りと聞いておりますが、いかがお過ごしですか?(注・皇太子夫妻に女の子が生まれた) こちらはご存知の通り、ある意味で盛り上がってます。

 ところで、前回のメールを読んでいて思ったのですが、“グローバリズム=アメリカ覇権主義”といった考え方は、正直なところ“う〜ん、どうなんだろ?”といった疑問を持ちます。
 果たしてグローバリズムといったものが一体何のかは私もよく解りません。ただグローバル化のもたらす物として“金、人、物、情報、犯罪といったものが国境を越えて容易に移動する”といった事は以前から指摘されていたように思います。
 手元に資料がないのでハッキリしたことは言えないのですが、詳細は岩波新書の『国家の論理と企業の論理』寺島実郎著に書いてあります。

 また以前にネットで目にした記事なのですが、今回の同時テロもグローバル化の産物であるといった指摘がありました。つまりアメリカが世界のグローバル化を率先して進めたものの、上手くそれをテロリストに利用されたといった内容でした。そのテロの手口の一つ一つが、まさにグローバル化の産物だったその記者は述べておりました。
 これは個人的なことですが、もし世界がこれほどまでにグローバル化されていなかったら、たぶんU太郎はイスラエルにこれなかったと思います。日本にいた頃、イスラエル留学に関する情報を調べたり、資料を取り寄せたりしたのは全部インターネットを利用してました。もともとイスラエルにネットワークを持っていたわけでもなく、友人の1人もいない状況でしたので、全てはパソコンを通してコツコツやっていたのです。
 グローバル化の進展は国境を融解し、いずれ人々を世界市民へと導く……といった事も話題に上がったりしましたが、今回の同時テロへの対応でEUも国連もまったく出番がなかったのを見るとその虚しさを痛感します。
 みんなどの国も“家の国は兵隊出します! 軍隊派遣します!”といった内容ばかりで、“みんなどうしようか?”といった内容の記事には当たりませんでした。
 まぁグローバル化の旗手アメリカがあれだけ露骨に自国のための戦争を繰り広げたのですから、ちょっと世界市民といった幻想はもろくも崩れ去ったようにも思います。
 ちょっと話の焦点が絞れてないですが、もしお暇があったら一度その本に目を通していただけると幸いです。


●12月5日 東京→エルサレム

 日本の祝賀ムードは、ほんの一時、ごく一部で騒いでいただけで、印象としてはそれほどでもありません。テレビも新聞も、すぐにレギュラー態勢に戻りました。生まれたのが女の子だったから……かもしれません。

 新聞報道によると、そちらではイスラエル軍によるパレスチナ自治領への攻撃が連日行われているようですね。イスラエル当局によると、まだ数日続き、攻撃も拡大するとのことです。
 報復につぐ報復。暴力の連鎖がエスカレートしているようで、暗澹たる思いです。

 グローバリズムについては、ぼくもきちんと理解しているわけではありません。ぼくとしては、いまいわれるグローバリズムとは、主としてアメリカ的なものであると解釈しています。つまり、WTOに象徴される経済・企業活動上での国際化、競争原理の国際化ということです。
 その意味で、以前送ったメールに“グローバリズム=アメリカ覇権主義”と記しました。

 試しに、『知恵蔵2002』(朝日新聞社)を引いてみました。長い引用ですが、ご容赦ください。

【グローバリズム】文脈によって異なる意味を持つ。(1)多国籍企業の地球大の戦略。資本や部品の調達、人員の雇用、生産と立地、マーケティングなどを、一国経済を超えて世界的規模で展開すること。(2)世界が1つの共同体であるという認識や行動。(以下略)

【グローバリゼーション】冷戦構造の崩壊後、世界が同質化していくという言説。……通信が発達し、移動時間が短縮されるにつれて、空間はますます結合化していく。とりわけメディアを通じた空間として見ると、世界は極めて小さくなっているといってよい。そのため各地域の国民国家はグローバリゼーションに対して恐怖を感じ、自国の経済、政治、文化の保護に乗り出す。確かに、グローバリゼーションには西欧文明による侵略という一面がある。……それにもかかわらず資本主義的商品世界の同質化は、ますます世界を支配しつつある。地域文化の差異が、抗争を引き起こし、歴史をつくってきたとすれば、同質化はひたすら歴史の終焉をもたらしているかのようにも見える。……

 ぼくのいう「グローバリズム」は、主に前者の(1)のことです。U太郎クンのいう〈金、人、物、情報、犯罪といったものが国境を越えて容易に移動する〉は、【グローバリゼーション】の意味かと思います。〈みんなどの国も“家の国は兵隊出します! 軍隊派遣します!”といった内容ばかりで、“みんなどうしようか?”といった内容の記事には当たりませんでした〉という指摘は、まさに後段のニュアンスです。
 U太郎クンがそこに虚しさを覚えているのに、『知恵蔵』の解説はその先に希望を見出そうとしているのが、大きな違いですね。

 ネット化の進展は、世界中のあらゆる情報へのアクセス手段を発達させ、メールやウェブでの相互伝達の迅速化を達成しました。その恩恵により、U太郎クンはイスラエル行きが実現させ、ぼくはこうして遙か彼方にいる友人とほぼリアルタイムで意見交換することができます。
 一方で、犯罪などでこうした便利な手段が悪用されるのは、当然ありうることです。アメリカでは電話やメール類の盗聴の強化が図られたそうですが、その行為は、非犯罪行為の通信の自由を侵害することはあっても、犯罪行為そのものの摘発にはあまり役に立たないでしょう。
 NATO諸国による国際的な盗聴ネット「エシュロン」がすでに稼働していると言われるのに、今回の米国テロは防げませんでした。
 身近なところでは、ウィルスメールは次々と発生し被害が拡大しています。ネットバンクが普及すれば、怪しげな金の動きはますます複雑怪奇になり、その全貌解明は難しくなるでしょう。

 最近思うのは、アメリカがWTO体制でもって押し進めているグローバリズム(前記(1)の意味)は、もはや失敗したのではないか、ということです。
 経済戦略としての世界制覇という考えには、「勝ち組」と「負け組」が存在します。アメリカは当然「勝ち組」を目指しています。勝つためには手段を選びません。
 地球温暖化のような国際的な環境問題を自国経済の観点で判断する(京都会議を批准しない)、遺伝子組み換え作物の輸出をごり押しする、「テロ撲滅」を謳いつつ、実際にはエネルギー資源としての石油を確保するために他国に攻撃を仕掛ける……。
「我々には自由がある」と声高に訴えるものの、その「自由」には他者をいたわる視線がかけています。ジコチュウです。

 そんな態度が、「負け組」になりかねない国々とそこに住む人々、さらにはジコチュウに疑問を感じている人々に受け入れられるわけがありません。
 そして、アメリカのジコチュウに反撥する人々が、【グローバリズム】の(2)または【グローバリゼーション】の意味での国際共同を図り、抵抗しているのが、イタリアでのサミットの失敗という形で現れました。別の面では、今回の米国テロも同一線上にあるのではないか、と感じています。

 EU統合にしても、アメリカに対抗するための極をつくることを目的としているのではないでしょうか。
 つまり、「グローバリゼーションに恐怖を感じ、自国の経済……の保護に乗り出す」ために、一国一国では力になり得ないから、巨大な地域パーティを構成して対抗する、という構図じゃないかと考えます。
 それはそれで、アメリカ的でない別のグローバリズムになるのかもしれませんが(知見乏しくそこまでは判断できません)。

 グローバリズムと反グローバリズム。この二つの巨大勢力のはざまで押しつぶされそうになり、あえいでいるのが、パレスチナであり、アフガンであり、そこに住む人々です。
 明日の食料にも事欠くような人々、生身でのびのびと生活することすらままならない人々にとっては、「誰でもいいから現状をどうにかしてよ!」というのが本心ではないでしょうか。その思いが、アメリカのいう「テロリスト集団」への支持につながることもあるのでしょう。
 そうだとしたら、そもそも(1)の意味でのグローバリズムが根本の原因であり、これをどうにかしない限りテロはなくならない、ということになります。
 短絡して決めつけるのもいけませんが、そういう面も無視することはできないでしょう。

 すっかり長くなりました。
 イスラエルのパレスチナへの攻撃が一刻も早く停止されること、パレスチナからの報復テロが行われないことを祈ります。


●12月7日 東京→エルサレム

 おはようございます(from日本時間午前9時半)。
 今朝の新聞を読んだら、パレスチナ自治政府がイスラム過激派指導者を軟禁し、それに反撥する支持者たちと衝突があったと書かれていました。死者も出た模様です。
 イスラエルの攻撃は、もしかしたら、こういう展開を目論んで行われたものか、と感じます。それを支持したアメリカも。
 そうだとしたら、なんとも空恐ろしい事態です。

 ……でも、日本でも、原発やらダムやらの問題で、お役人たちはカネだ地縁血縁だとあらゆる手を使って、地元住民を推進派と反対派に分裂させ、内紛のスキをついて事業を進めてきました。
 人(パレスチナ人)の命を人質にするのは暴挙としかいいようがないですが、政治的懸案を強行するためにとる手法は、いずこも同じなのかも。

 虐げられた人々が、反撥する方法論を巡って対立し、流血の事態となる……。なんと哀しいことでしょう。
 非難されるべきは、虐げている側の人々です。


●12月8日 エルサレム→東京

 パレスチナ内紛の件ですが、自宅軟禁されているのはハマスという団体の霊的指導者(意味不明?)の人です。
 ハマスはもともとエジプトのムスリム同胞団が源流で、パレスチナにおけるイスラム復興主義組織の一つだそうです。
 設立当初はパレスチナの人たちに対する福祉や教育、医療などのサービス提供が主な活動だったそうですが、ある時期を境に政治闘争に手をつけ始め、それ以来パレスチナ自治政府との対立はもちろんな事、イスラエルの存在そのものを否定し続け度々テロを繰り返してきました。今でも人々への社会サービスを提供していて、民衆の支持率は高いみたいです。
 それとパレスチナはもとから一枚岩ではないらしく、また最近はアラファトの指導力そのものが低下しているため、テロリストを取り締まれば必然的にこのような事態を招きます。
 内部分裂をイスラエルやアメリカが狙ったというよりは、たぶんパレスチナって私達が考えているほど始めからまとまってないんですよ。

 さて、かなりの規模で行われた報復攻撃も今は大分収まっています。数日間は行われると予想されていたものの、アメリカやヨーロッパの圧力もあってかアラファトがイスラエルの突きつけたテロリスト・リスト(36名、先に述べた霊的指導者も含まれます)の逮捕に踏み出したことにより、今の所は平穏を取り戻しています。
 とはいえ最大のインパクトだったのはアラファトの決断でもアメリカやヨーロッパの圧力でもなく、さりげない奇跡だったと思いますが……。

 日本でも報道されたイスラエルでのテロの後、ご存知の通りイスラエルは大規模な報復攻撃に移りました。当初それらの軍事行動は数日に及ぶと思われていたものの、実は絶妙なタイミングでイスラエル全土に大雨がやって来たのでした。
 ただでさえ水のない国なのに、今年は更にイスラエルの水源であるガリラヤ湖が危険水位を下回っていたので、まさに恵みの大雨! もう一晩中かなり強い雨が降り、ガンガン雷は落ちてピカピカ!! ゴロゴロ!! 
 初めは大雨の中、イスラエル軍がとてつもない兵器を打ちまくってるのと勘違いし、“ここまでやるんか!!”とマジでボケてたぐらいです。なにせ雨が降るまでは一日中ヘリコプターの飛ぶ音や時折戦闘機の爆音が聞こえてたので、何があってもおかしくない状況でした。
 とはいえこの悪天候のもたらしたものは、恵みの雨ばかりでなくもっと大切なものをもたらしたのでは?と感じています。

 この大雨による報復攻撃中止の後、アラファトはテロリストの逮捕に踏み切り、そしてイスラエル政府もアラファトの動向をうかがうために報復攻撃の再開を留めることになりました。
 もしあの雨が報復攻撃の前に降っていたら、たぶん大雨の後は止め処もない血の雨が降っていたことでしょう。そしてあの雨がもっと後に降っていたら、被害の規模は更に大きくなっていたと思います。
 ホントに絶妙なタイミングだったと思えてなりません。
 “やっぱ奇跡ってあるのかなぁ……”信心深くない私ですらそう思えたぐらいです。

 ここ最近、ちょっとした理由でイスラエルとパレスチナ、そして中東問題に関する新書を読んでいます。もちろん日本人の書いたものなので書き方も日本人的、というか第三者の視点で描かれていて解り易かったというのがポイントです。
 さりげない日常の中でもイスラエルの人たちと話していたり、またはイスラエルで出会う人たちと話してみて感じることは、“アラブ人は悪い!”と言った感情です。もちろんそれを否定できるほど私に何かがあるわけでも、否定したいという気持ちがあるわけでもありません。なぜなら私もいつテロの餌食になっても不思議でないからです。
 ただ今回のアフガニスタン空爆でも多くの人が感じたことだと思うのですが、アフガニスタンに住む全ての人がテロリストだったのではなくて彼らは一部の人間であったこと、そしてテロリストへの攻撃が民間人の生命ならびに生活にまで及んだことに対して、何か呑みこめない違和感があったと思います。
 一部の人間のためにその周辺にいる他の人たちまでが争いに巻き込まれる、そのよう構図に今まで矛盾を感じていました。ここイスラエルの出来事でも、報道を目にした人々にとっては同じようなことを感じることが多いと思います。

 先日目にした朝日新聞のホームページには、イスラエルの報復により逃げ惑うパレスチナの人たち(女性と子ども)の写真が載っていましたが、その時は罪なき人達に及ぶ紛争の悲劇といった印象を受けました。
 ところが数日たってから“う〜ん、ホントにそうか?”といった疑問が心の中をかすめるようになり、その拭えない疑問は今でも続いています。
 もちろん紛争に巻き込まれる女性や子ども達がテロリストの仲間だとは考えませんが、テロリストがイスラエルを憎むようにパレスチナにいる多くの人たちがイスラエルを憎まないとは考えられないのです。
 おそらくパレスチナの多くの人たちが平和を望んでいると思います。しかし平和を望むのとイスラエルを憎む憎まないの問題はまったくの別物です。
 イスラエルに住むユダヤ人たちにとっても、自分達を憎んでいる点ではテロリストもそうでないパレスチナ人も同様であり、彼らが“アラブの連中は悪い”という感情を持っても不思議でないと思います。

 このお互いが抱いている不信感は、今後も中東和平の進展に対して見えない形で干渉し、そしてお互いを傷つけあい、悲惨な現実を幾つも幾つも積み上げていくことでしょう。
 お互いを理解しあうという試みから始めない限り、和平への道は一歩も進むことがないと思います。そして今のところその可能性は皆無に近い状態です。
 この様な問題は他のテロ事件に関しても少なからず含まれているように感じます。

 アメリカで同時テロが起きた時、その映像を見ながら奇声を上げ喜んでいたパレスチナの人たちの映像が世界中に流れました。
 パレスチナの中でも一部の人たちの行為と思いますが、だからといって他の多くのパレスチナの人たちがそれに共感していなかったかどうかは正直なところ解りません。
 またアフガニスタンのテロリスト達はアメリカを憎んでいたが、その他の多くの人たちはアメリカを憎んでいなかったかどうかも解りません。
 今後アフガニスタンに平和が訪れても、人々の心の中からアメリカへの憎しみと言った感情が消えていくのでしょうか? たとえ空爆で壊したものは直せても、人の心の中まで癒せるのかは疑問です。

 ここ中東の問題について、このような心理的な側面の持つ重要性は、私が読んだ本の中でも指摘されていました。これは日本でよく言われるようなアラブ対ユダヤといった宗教的な対立と言うよりも、ここに住む人たちが自分達の生活から感じる日常的な感情の積み重ねといった感じがします。
 そしてここイスラエルでは憎しみあう感情が燃え上がり、あの様な報復合戦が展開されました。たぶんそれを見た神さまも今回ばかりは“少し頭を冷やしなさい”と大雨を降らせたのでしょう。
 意外と平和も他力本願的な所があるのかも知れませんね。

 大雨以降は大規模ではないものの、ガザで爆撃は続いているみたいです。もちろんテロも怪我人程度で済んでますが、止んではいません。
 今日も街中に買い物に行きました。市場には買い物客がウジャウジャいて、暇そうに兵隊さん達がマシンガン片手に警備してる光景が……。相変わらずバスは満員で、ウインカーを出さずに車線変更する車やそれに対してクラクションをガンガン鳴らす他の車たち。賑やかを通り越したエルサレムの喧騒はいつもと変わらぬ情景でした。
 とはいえ一度彼らの心の中を覗いてみれば、そこには理解し得ない程の憎しみやアラブへの不信感、そして寄留民に対するちょっとした暖かい心遣いなんかがあったりするんですね、不思議です。


●12月8日 東京→エルサレム

 そちらでハマスが支持されているのは、これまでしてきた活動の経緯があってのことなのですね。その政治的思想・行動(反イスラエルのテロ行為)が支持されているわけではないと。

 イスラエルによるパレスチナへの攻撃が、豪雨により一時中断されたというのは知らなかった!
 次元はまったく異なるけれど、教科書で習った倭寇・元寇を思い出します。あるいはナチスがロシア出兵で失敗した(極寒に耐えられなかった)こととか。
 自然現象は、時として人間の行為を諫めるのですね。後段で書かれているように、まさに神がかりを感じます。

〈おそらくパレスチナの多くの人たちが平和を望んでいると思います。しかし平和を望むのとイスラエルを憎む憎まないの問題はまったくの別物です〉
〈お互いを理解しあうという試みから始めない限り、和平への道は一歩も進むことがないと思います〉
 現地感情を肌で感じることはできませんが、考えとしてぼくも同感です。

 先日の新聞記事に、アフガンレポートが載っていました。捕虜になったか転向したかでタリバンを離れ、北部同盟で銃を持っている兵士がいるそうです。タリバンの頭巾みたいのを北部同盟のイスラム帽に替えただけ。生き残るためには、勝ち組に残るしかない、みたいなことが書かれていました。
 種々レポートでアフガンの市民の声を目にすると、今となっては統治者は誰でもいい、平穏が戻ってくれればいい、との意見が多いようです。
 タリバンの恐怖政治も、かつての北部同盟(当時は同盟ではなかった)の内紛・無政府状態もいやだ。どちらも信用していないけど、先が見えないのはもっといやだ、ということでしょう。

 日々生命の危険にさらされている人々にとっては、まず第一は生き延びること。日常生活を取り戻すこと。それが最大の願いです。
 では、どうやって生き延び、日常を取り戻すのか……。
 銃を持って闘うこと? そうじゃないでしょう。力でもってねじ伏せたとしても、あとに感情のしこりが残ります。戦後半世紀以上が過ぎても、「アメリカに押しつけられた憲法」などと日本国憲法に屈辱を覚える人々がいるのを見ても、そう思います。
 平和へのプロセスは、とても重要です。具体的にどうするのかはわからないけれど。
 テロを根絶するのも、たやすいことではないでしょう。でも、それを目指さなければならない時代を迎えています。
 そうはいっても、イスラエルの頑固者首相や、アメリカの戦争好き大統領をどうにかするのも難しいだろうなぁ。「汝隣人を愛せよ」の人たちのはずなのに。


●12月10日 エルサレム→東京

 今日の事ですが、学校へ行く途中に青く晴れわたった空を2機の武装したヘリコプターが飛んでいきました。何処へ何しに行くのだろう……と解っているのに問い掛けてしまいました。
 同じ土地に住んでいるのに、一方はテロを行いもう一方はそれに対して軍事行動を展開している。そしてここには呑気に学校に向かってテクテク歩いてる二十代後半の男……しかも寝坊して遅刻してたりして、もう走れ! って感じでした。

 報復攻撃は再開しました。そちらではどのように報道されてますか?
 ちなみにテロ活動も再開しました。


●12月10日 東京→エルサレム

 今日は新聞休刊日。テレビもほとんど見ないので、いまのところ情報がありません。
 アラファトさんの出方を伺うために攻撃は一時中断と、2、3日前の新聞にあったのですが、イスラエル政府はいよいよアラファトさんを見限ることにしたのでしょうか。
 同国政府内に、パレスチナ自治政府を「テロ支援組織」を認定することに賛成する意見と反対する意見とがあり、あの政府も一枚岩ではないようですね。
 それだけに、この先どうなってしまうのか、まったく見えないで不気味です。


●12月11日 エルサレム→東京

 今朝は6時半からヘリコプターがパタパタいってました。どうやらアメリカの仲介による和平も頓挫しそうですし、イスラエルの首相も強気な発言を放ったようで、どうやら再び始まりそうです。
 そう何度も雨は降らないのに……。


●12月11日 東京→エルサレム

 今朝の毎日新聞朝刊には、先日の攻撃の記事は小さく載っていただけでした(昨日の夕刊では大きく扱っていたのかもしれませんが、うちは夕刊をとってないので未確認)。割合大きかったのは、「パレスチナ人のなかでもアラファトさん(自治政府)の支持率が低下している」という記事でした。
 オスロ合意ですか、その後アラファトさんに期待していたのだけど、つまりはこんな結果になった、アラファトさんでは和平は実現しない、と人々があきらめを強めているとの解説でした。
 この感情が、ハマス支持へと向かい泥沼にはまらないといいのですが……。


〈2001年12月17日・補記〉
 12月13日、「イスラエル政府がパレスチナ自治政府のアラファト議長と断交する」と報じられた。
 それ以降、イスラエルによるパレスチナ自治区への「テロ集団摘発」のための攻撃はいっそう強まり、パレスチナ人による無差別テロも過激さを増してきている模様だ。
 エジプトとチェニジアにより国連安保理に共同提案された、パレスチナでの暴力の即時停止と監視機構確立を求める決議案も、アメリカの拒否権行使により否決された。
 一方、アラファト議長はイスラエルを非難するとともに、パレスチナ組織ハマスに暴力行為を止めるように要請し、幹部の逮捕を進めている。それに対してハマス側は、「イスラエルこそパレスチナにテロを仕掛けている。我々の自衛権を奪うつもりか」と反撥している。
 つまりこの攻撃(もちろんテロも)を止める勢力は今のところまったくなく、当事者も止める意思を持っていないのだ。
 14日に届いたU太郎クンからのメールには、以下のように記されている(抜粋)。
〈夜、枕もとに届くのはパレスチナ地区に侵攻する戦車たちの砲撃音……。ニュースもテロばっかでしょ、しかも今回のバスへのテロは残虐極まりないですね……。ただ近所で起きてないだけで、状況は極めて良くないです。
 アメリカも長距離弾道弾の削減条約から撤退したみたいですが、何が目的なのか良くわからないです。
 とりあえずしばらくの間は様子を見るしかありません。間違っても事態の好転はないと思いますが、焦って行動するのも危険と思われます。〉
 事態はいっそう混迷に向かっている。

(2001年12月・77号
「〈小特集〉米国テロとアフガン攻撃を“私も”考える」から)

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